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鉄道写真歴10ウン年。撮りだめた写真を掘り返してみる。
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快速粟生ゆき
快速粟生ゆき
2011. 7.23 神鉄有馬線 鵯越〜鈴蘭台

 神戸電鉄の優等列車は、現在昼間以外に運転されており、粟生線方面へ運転されている最上位がこの「快速」である。神戸電鉄の場合、快速は急行よりも上で、画像では見難いが、英訳は「RAPID EXP.」となっており、急行よりも上であることを示している。

 粟生線は、所要時間、利便性、値段全てで優勢なバスの攻勢でここ最近窮地に立たされており、廃線うんぬんという話まで冗談でないところまで来ている。神鉄も改善策として、増発したり、昼間を準急中心にしたこともあったが不発。そういった中で、2009年に快速が設定されたもの。もともと粟生線には1998年まで快速が走っていたのだが、急行との違いが木幡・栄の2駅のみ通過ということもあり、一旦急行へ統合されていた。これを速達サービスの一環として復活させる形となったものである。記事掲載時点では、新開地ゆきは朝ラッシュ時、粟生ゆきは夕ラッシュ時に運転されており、土・休日にも粟生ゆきが夏場なら撮れる時間帯に1本だけ走っている。

テーマ:鉄道写真 - ジャンル:趣味・実用

急行箱根湯本ゆき
急行箱根湯本ゆき
1999. 7. 7 小田急小田原線 新百合ヶ丘

 何気なく日常の風景として撮っている写真が、後で「撮っといてよかった…」なんて思えることがある。年に数度もいけない関東の私鉄だと、簡単に撮りにいけないので、なおさら来た電車来た電車根こそぎ撮ってしまう。もちろん、時代が進むことによって鉄道のスタイルは刻々と変化していくので、「いつもある風景」がいずれは「希少価値」になり、そして「懐かしの風景」となるのもまた、必然である。

 車両は2004年にひっそりと姿を消した旧4000形。撮影時期の関係もあるが、方向幕は英字なし、急行が黒地赤文字のもの。まあ、これももちろん今はみられないのだが、今回の中心は「急行 箱根湯本」。この頃はまさか急行箱根湯本がなくなるなんて思いもよらなかった。ロマンスカーと共に古くから新宿から箱根湯本へ急行が直通していたのだが、設備改良を行いながらも箱根湯本には最大6両までしか行くことが出来ず、10両編成の急行は途中での分割併合を強いられていた。その後、2008年に箱根登山鉄道の設備改良によって小田急からの箱根登山線直通の一般列車は4両編成のみとなったため、新宿からの直通急行はこのとき姿を消している。

 ただ、新宿からの箱根湯本ゆきがまったくなくなったわけではなく、記事掲載時点の実施ダイヤである2009年改正のダイヤでは、平日のみ1本だけ急行小田原ゆきが新松田で後4両を切り離し、切り離された列車は各停箱根湯本ゆきに変わっている。ただ、小田急の場合、途中で分割併合する列車の行き先は分割するまで親元の列車の表示となるため、「急行 箱根湯本」という表示は見られず、新松田まではあくまで「急行 小田原」。新松田で別れてからはじめて「各停 箱根湯本」となる。小田急のお家芸だった分割併合は最近ほとんど姿を消しているが、数少ないなかで、それが実質的に伝統の箱根湯本直通便の名残をとどめているというのがなんとも面白い話である。

テーマ:鉄道写真 - ジャンル:趣味・実用

阪神車の三宮ゆき特急
三宮ゆき特急
2010. 5. 1 神戸高速鉄道東西線 新開地

 阪神電車の三宮行き特急。一見何の変哲もない。三宮といえば神戸の中心駅である。奈良からの快速急行も三宮が終点。特急に三宮ゆきがあっても不思議ではない。実際、記事掲載時点では1日1本ではあるものの、ラスト1つ前の梅田発特急が三宮ゆきである。しかし、この画像の撮影地は上記の通り。三宮より西側でも阪神運用の三宮ゆき特急が設定されている。三宮より西の三宮ゆき特急だと、山陽姫路発?という気もするが、直特運用非対応の2000系が姫路から特急運用していたらそれこそ大ニュース。となると…まあ、阪神〜山陽の古くからの直通乗り入れルールに当てはめるとおのずと答えは出てくる。。

 これは昼間に毎時2本ある須磨浦公園ゆき特急のうち3本が折り返し運用では梅田へ戻らずに石屋川車庫に入庫するため、途中の三宮まで客扱いを行っているというのが真相のようである。というのも、夕ラッシュを過ぎると、ダイヤが10分パターンから12分パターンに変わっており、単純に優等列車の本数が毎時1本減っている。その調整対象が梅田〜須磨浦公園系統の1本となっており、よって須磨浦公園からの折り返しは三宮止め、としてそこからは回送で石屋川車庫に入れている。まあダイヤのからくりで生まれた列車である。ちなみに、阪神〜山陽の直通乗り入れルールに従うと、須磨浦公園止めの阪神特急は、須磨浦公園〜三宮間は各駅停車になっているため、それに従い「特急なのに全区間各駅停車」というふしぎな列車となっている。

 こういうダイヤ上の都合で生まれた列車と言うのはあっさり消えてしまうもの(聞く限り、この設定は史上初とか)。土休日なら12分パターンになる時間帯が三宮18時過ぎからと平日よりも早いため、夏場だと山陽電鉄線内なら走行写真までも狙えそうな時間帯に1本目が設定されている。定期列車だからまあいつでも気が向いたときに…と思っていると日没が早くなり、ダイヤ改正があり…撮れないままサヨナラなんてのはよくあること。行けるうちに行っとけ・・・俺(笑)。

テーマ:鉄道写真 - ジャンル:趣味・実用

きな子電車
きな子電車
2010.12.25 ことでん琴平線 三条〜太田

 ことでん(高松琴平電気鉄道)は、経営破たん後の再建以降、沿線PRやスポンサーによるラッピング電車がコンスタントに現れるようになった。これはその一つ、「きな子電車」である。香川を舞台に(といってもことでん沿線ではない丸亀での話だが)、警察犬試験に何度も失敗した犬を題材にした映画「きな子」とのタイアップで、2010年6月から、元京急1000形である1080形1編成に主人公の犬「きな子」のイラストをラッピングしたものである。正面はことでんマークをシールで隠し、その上にきな子の顔をイメージさせるラッピングをおこなっている。鼻の辺りを描いただけなのにそのインパクトは強烈である。一方、側面にはいくつものいろんな「きな子」が描かれており、どっちかというとこの電車のラッピングはサイドからの方が個人的にはよかったのだが、撮るチャンスがこの時しかなく正面がちに撮るだけに終わってしまった(しかも、1084側の正面は違うイラストだったようなのだが…)。なお、車内は車内でかなりラッピングしまくってたとか。

 ちなみに、この電車はただ走らせるだけではなく、運転期間中の休日には小学生以下なら記念乗車証を常にプレゼントしていたり、「きな子」のぬいぐるみを載せたりといろいろと特典があったそうである。ほのぼのとしたラッピングであり、評判も良かったようなのだが、やはりそこは映画とのタイアップと言うこともあり、2011年4月の上旬で運転終了となった。

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急行 長瀞.寄居・三峰口
長瀞.寄居・三峰口
2001.2.8 西武池袋線 秋津

 西武池袋線から西武秩父線を通り、秩父鉄道まで乗り入れを行う列車は、1989年に登場した。土・休日は池袋からの快速急行が走っているが、かつては平日にも池袋から急行が1本直通していた。土・休日の快速急行はクロスシートの4000系だったのだが、平日の急行は秩父鉄道乗り入れ仕様に改造されていた新101系が限定運用されていた。

 さて、この列車の行先表示は、「長瀞寄居三峰口」となっており、3つも駅名が表示され、しかも区分する点の位置が違うという不思議な表示である。これは3つの行先の列車を組み合わせているわけではなく、実際は「寄居」ゆきと「三峰口」ゆきである。長瀞駅は寄居駅の手前にあるが、観光地としても知られている地名であり、一方、行先の寄居ではどこかわからないということなのか(ファンなら東武東上線の終点と言うことでおなじみだが)、JR西日本風にいう「長瀞方面寄居」という意味で「長瀞.寄居」としていたのだろうと思う。

 この急行は2001年12月のダイヤ改正で廃止となったが、秩父鉄道への平日の直通運転自体は継続されており、記事掲載時点では飯能発の各停が直通しているが、秩父鉄道方面へは夕ラッシュ時に2本の直通となっており、この直通は通勤通学輸送が主のようである。

 また、西武からの秩父鉄道乗り入れ区間も2007年3月の改正で長瀞までに短縮されており、現在は単純に「長瀞・三峰口」ゆきである。

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原型で残った6300系
原型の6300系
2010. 5. 1 阪急京都本線 洛西口

 1975年に登場し、運用される阪急京都本線のみならず、阪急全体の顔とも言えた特急形の6300系。登場時の京阪間ノンストップ運転を背景に、居住性を重視した車両構成は、その後の特急を取り巻く劇的な変化を背景に、次第にスタイルに合わない車両となっていった。また、大半の編成が登場から30年を大きく越えていくなかで老朽化も進んでいたのであろう、とうとう汎用性も考慮した3扉クロスシート車の9300系へ置き換えていく形で引退がはじまり、2008年から廃車も始まった。また、京都線にはいまだに昭和30年代の生まれである2300系も現役であることから、6300系を4連化の上リニューアルを施し、嵐山線へ転用されていき、最後まで特急運用に残った6350Fも2010年2月に通常運用で行われた引退運行を持って京都線特急から姿を消した…はずだった。

 が、恒例である春と秋の嵐山への行楽輸送の際に、その6350Fが梅田〜嵐山間の快速特急として1往復走行する姿が見られた。編成こそ嵐山線に対応して6両に減車されたものの、4連化された編成とは違い、車内も改装されることはなく京都線特急時代そのままの姿を維持している。駅にははっきりと6300系とはいわないまでも、運用列車には2扉車である旨の掲示も出るので、どれが6300系運用なのかは容易に判別でき、また運転スタイルも淡路〜桂間ノンストップと往年の運転スタイルに近いものとなっている(臨時列車なので速さは別として、だが)。図らずも「懐かしの京都線特急」みたいな動態保存的運転が定期的に見られるという状況になった。しかし、イベントではなくあくまで行楽輸送の中の1本なので、荒れることもなく堪能することが可能である。

 阪急は比較的鉄道ファンの喜ぶようなネタを繰り出してくることがあるのだが、この6350F、普段は一切動くことがないようで、今のところまさに行楽期専用の状態である。ただ、いつまで走るかはまったく未知数であり(次があるのかもわからない…)、気になる人は早めに堪能しておいたほうがいいかもしれない。また、2010年秋の運行が終わった頃に一部報道で、京都線に6両編成の観光特急を定期で走らせる構想があることが報じられ、どうも6300系を改装してそれに充てるということが確定的なのだという。となると6350Fはそれに変わるのか?と思ったのだが、実は6300系はもう一編成残されているという話らしく、ひょっとすると今後の6300系は、原型と観光仕様、そして嵐山ローカルの3本建てというなんとも興味深いラインナップが見られるようになる、のかもしれない。

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臨時急行「ひらかた大菊人形『龍馬伝号』」
臨時急行「ひらかた大菊人形『龍馬伝号』」
2010.11.13 京阪本線 大和田

 またずいぶんと記事掲載が止まってしまったので取り急ぎ1枚。
 2010年は京阪電鉄の創業100周年ということで、記念行事がいろいろとおこなわれたのだが、その一つに、かつてのひらかたパークの恒例行事であった「ひらかた大菊人形」の復活があった。関西なら秋になると京阪電車のCM枠で開催告知がされていたのも懐かしい。それにちなみ、京阪では割引チケットの発売などと共に、記念列車として、2本の臨時急行を運転していた。撮影した日は、一昔前の雰囲気を醸し出すデザインのヘッドマークを掲げ、旧塗色でゴツイいでたちの2600系が運用に入っており「急行」「樟葉」の表示と共になかなかキマッていた。ちなみに2本目は新塗色であった。また、日によってはあらかじめPRヘッドマークが付いている編成が運用に入って2枚看板が実現したケースもあったようだ。

 一時期のような「行楽シーズンには必ずイベント的な臨時列車の運転」という感じではなくなってきた京阪であるが、それでも、微妙な行先で興味をくすぐったり、秀逸なヘッドマークを用意したりと趣味的なレベルの高さはあいかわらずである。

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紙貼り系統板 急行栄生ゆき
紙貼り系統板急行栄生ゆき
2004.9.25 名鉄名古屋本線 新名古屋

 朝のラッシュが終わろうかというころ、名古屋のひとつ西にある栄生ゆきの列車が設定されている。栄生には電留線があり、設備的には通過駅に過ぎない名古屋のターミナル機能を補完している。ダイヤ改正のたびに本数は上下しながらも栄生ゆき列車の設定は続いている。しかし、定期列車であるはずの栄生ゆきパノラマカー急行の行先系統板はよく見ると「栄生」と紙で上から貼ってある。よく突発的なダイヤの乱れで運用が乱れると、普段ありえないような運用になったりするため、方向幕がない車両だと系統板に慌てて紙で手書きを貼ったり、最悪の場合チョークで系統板や車体に書きなぐるという豪快なことをやるのが名鉄だったのだが、この日は特にダイヤ乱れがあったという話も聞かず、はて?と思ったものである。空港線開業直前で、たしかこの頃は空港線開業準備のために運用の変更があったはずなので、ひょっとしてそれでパノラマカーが栄生ゆきに入ったものの、短期間だけの系統板をわざわざ作らなくても…ということでこんな扱いにでもなったんだろうか。うーん。…もう調べようがないな。7700系引退の2010年をもって、方向幕なし車両は名鉄から姿を消してしまったので、もうこういうのも物理的に見られなくなるわけである。

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特急一般席車のパノラマカー
特急一般席車のパノラマカー
1991.3.29 名鉄名古屋本線 新名古屋

 名古屋都市圏の鉄道輸送といえばながらく国鉄よりも名鉄が優位にたっていた。というより、名鉄にとっては競合相手は国鉄よりクルマであった。しかし、分割民営化が具現化しつつある頃より国鉄は117系の快速導入や運転間隔の短縮化など、都市間輸送にも力を入れ始めたことで名鉄も対国鉄・JR対策を打ち出す必要に迫られ、1990年10月、名古屋本線で毎時2本ずつ運転されていた全車指定席の特急と全車一般席の高速を統合して、一部指定席の特急を毎時4本運転する形に改編、編成中には指定席と指定券不要の一般席が混在する形となった。しかし、この時は現在のような6両貫通編成中4両が一般席、2両が特別車というような編成はなく、全車指定席の編成と全車一般席の編成を併結する手法がとられる。が、明確に料金体系の違う車両が編成内で移動できないというのは誤乗の際などに問題があるということもあってか、翌年から「パノラマSuper」に準じた一般席車1200系を新製して貫通編成化が行われたため、程なく指定席+一般席の2編成併結はみられなくなった。

 さて、本来ならこんな柱の影に車両が隠れたような写真はお見せするようなものでもないが、このパノラマカー、まさにその過渡期である指定席車+一般席車の一般席車側で運用されている。…が、それに気付いたのは撮影したずっとずっと後のこと。当時中学生で年に1回利用するかどうか。「高速と準急がなくなった」程度は認識していたが、車両に関してはさっぱり。降車ホームから撮っている事から、名古屋からの帰り際にコンパクトカメラでなんとなしに「あ、パノラマカーだ」と1枚撮った程度だったんだろうと思われる(トリミングしているが、写真には撮影日も焼きついている)。

 赤モケット座席のパノラマカー、ブラウン管の発車案内、休刊した「名古屋タイムズ」と思われる広告看板…。駅の雰囲気こそ変わっていないが時代の移り変わりを感じる1枚である。

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京成の快特
京成の快特
2007.2.11 京成本線 京成関屋〜堀切菖蒲園

 快速特急。いかにも早そうである。特急を超える列車種別としていくつかの大手私鉄で設定されている。有名なのは長年にわたって関東にありながらクロスシート車両を主に使用しファンの人気も根強い京浜急行電鉄の「快特」であるが、都営線を挟んだ乗り入れ先の京成電鉄にも2006年12月のダイヤ改正から「快特」が登場した。とはいうものの、京成の快特は速達化のために設定されたのではなく、それまでの特急が京成佐倉以東各駅停車化されたことに伴い、ラッシュ時に従前の特急停車駅のみに停車する列車として区分するために設定されたものである。ラッシュ時なら「通勤特急」という手もあるが、すでに京成には通勤特急があるため「特急より駅に止まらない」という意味合いで快特が使われたのだろう。

 「快速特急」を略して「快特」である。京急ももともとは「快速特急」だったのだが、サイズの小さい京急の方向幕が一貫して「快特」だったこともあってか、略称が正式名称になってしまった。で、京成も乗り入れ先で馴染まれている「快特」としたのだが、京成の場合はその前から「快速」という種別を持っており、これが思わぬ混乱を招いた。「かいく」と「かいく」。一字違いで大違い。ファンは間違えなくても、あわてんぼうの人は聞き違えてしまう…ということがあったのか、翌年夏から呼び方が先祖がえりし、「快速特急」と呼ぶように改められたそうである。ただし、正式な種別はあくまで「快特」。方向幕も「快特」のままである。ただ、駅の発車案内は混在しているらしい。

 京成には絶対的な最上位種別である「スカイライナー」があるので、他社なら目玉商品である快特も、京成ではなんとも地味な存在である。

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