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<title>でんしゃのしゃしん</title>
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<description>鉄道写真歴１０ウン年。撮りだめた写真を掘り返してみる。</description>
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<title>特急須ヶ口ゆき</title>
<description> 2009.8.17　名鉄名古屋本線　神宮前　名鉄は行先の種類が多い。現在は特急との乗り換えを便利にすることで所要時間短縮を図っていることから多少減りはしたものの、なるべく支線区列車も名古屋へ直通させる方針自体は維持しており、他社に比べて圧倒的に行先のパターンが多い。それが朝ラッシュ時になるとその傾向がさらに強まる。　その中でも珍列車と言えるのが、特急須ヶ口ゆきである。平日ダイヤのみ朝１本（中部国際空港740→
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-35-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/3100ltd-sk.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-35-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/3100ltd-sk.jpg" alt="特急須ヶ口ゆき" border="0" width="500" height="360" /></a><br />2009.8.17　名鉄名古屋本線　神宮前<br /><br />　名鉄は行先の種類が多い。現在は特急との乗り換えを便利にすることで所要時間短縮を図っていることから多少減りはしたものの、なるべく支線区列車も名古屋へ直通させる方針自体は維持しており、他社に比べて圧倒的に行先のパターンが多い。それが朝ラッシュ時になるとその傾向がさらに強まる。<br /><br />　その中でも珍列車と言えるのが、特急須ヶ口ゆきである。平日ダイヤのみ朝１本（中部国際空港740→須ヶ口834）という列車であるが、そもそも須ヶ口は特急の基本停車駅ではない。わずかに設定されている津島線直通の特急は特別停車扱いで止まってはいるものの、特急停車駅でない駅を行先とする特急列車というのはかなり珍しい存在である。他社でも、かつての東急東横線の急行元住吉ゆきや、現在もある近鉄京都線の（近鉄）宮津ゆき急行など、通過駅を終点とする優等列車というのは例がないわけではないが、特別料金不要の一般車がついているとはいえ、特急でこういうケースがあるのは珍しい。<br />　この列車の直前には一部特別車の特急があるため、特急が２本続行になっている。これを岐阜や犬山方面に持っていくほどではないということで途中止めにしていると思われるが、特急だと名古屋止めにして栄生へ回送するケースが多い。ただ、この列車はおそらく須ヶ口にある新川検車区へ持っていくために須ヶ口まで便宜的に客扱いしているのだろうと推測される。<br /><br />　この列車は時間的に朝の最ピーク時に走る特急ということもあってか、２２００系６両にいわゆる「３Ｒ」（ＶＶＶＦ車である３０００番台の車両）の２両編成が岐阜方に着き、特別車２両＋一般車６両で運転されている。３Ｒ２連となると、スカーレット塗りの３１００系かステンレスの３１５０系のどちらかになるが、写真で押さえるには、大きな方向幕を装備する３１００系の方が種別行先がはっきりしていて見栄えがよい。後ろの２２００系も地味に「ポケモンラッピング」編成なのだが、「特急　須ヶ口」の表示には敵わないだろう。 ]]>
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<dc:subject>名鉄</dc:subject>
<dc:date>2009-10-21T20:50:00+09:00</dc:date>
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<title>福知山＋湘南</title>
<description> 1998.--.--　ＪＲ山陽本線　上郡～三石　国鉄時代、車両の転属で他地区の車両が転入すると、同形式ながら車体色が異なっているケースがよく見られた。ふつうは塗り直すのだが、検査入場させる時間がない場合はそのまま運用につかせることが多い。それが編成単位ならまだしも、電動車１ユニットとか先頭車だけとかになると、１編成の中に色の違う車両が混じった「混色編成」という不恰好な状態が起こる。一般人でも驚くだろうが、フ
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/oka-d34.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/oka-d34.jpg" alt="福知山＋湘南" border="0" width="500" height="351" /></a><br />1998.--.--　ＪＲ山陽本線　上郡～三石<br /><br />　国鉄時代、車両の転属で他地区の車両が転入すると、同形式ながら車体色が異なっているケースがよく見られた。ふつうは塗り直すのだが、検査入場させる時間がない場合はそのまま運用につかせることが多い。それが編成単位ならまだしも、電動車１ユニットとか先頭車だけとかになると、１編成の中に色の違う車両が混じった「混色編成」という不恰好な状態が起こる。一般人でも驚くだろうが、ファンはそれをさらに注視し、大ネタとして興味の対象へと祭り上げるのである。ＪＲになると、イメージアップを図ってか国鉄からの引継ぎ車両に支社単位や路線単位にカラーリングを変えることが良く起こり、電化などにより気動車が他地区へ分配されるとそれこそぐちゃぐちゃになるケースがあったりもした。<br /><br />　さて、この画像は一時岡山電車区に所属していた３両編成の１１５系。岡山電車区ではごく当たり前の３両編成であるが、これが混色になっている。「Ｄ３４」という編成番号が与えられていたこの編成、前２両はもともと福知山電車区に所属しており、いわゆる「福知山色」と呼ばれた地域カラーに塗られていた。一方、後ろの１両は伝統の湘南色であるが、こちらも一時は網干電車区への転属経験があり、京阪神での快速運用のため１１０Ｋｍ／ｈ運転への対応改造が施されている異色車。この頃の岡山電車区は単編成化改造車やら１０３系がいたり（編成が変わりつつ今もいるようだが）、リニューアル編成が現われはじめたりとかなり趣味的に面白かったように思う。<br /><br />　混色編成はおっ、というサプライズ感はあるものの、やはりイレギュラーな姿である。たいていは短期間で工場入場→塗り直しとなるものだが、このＤ３４編成は結構長い期間この姿だったような気がする。というか、Ｄ３４時代は結局塗り直されることなく、編成をバラされて転属していったとか。…ちょっとこのあたりの事情は疎いので申し訳ないのだが。ご覧の方、よろしければコメントくださいませ。 ]]>
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<dc:subject>ＪＲ</dc:subject>
<dc:date>2009-06-27T22:47:00+09:00</dc:date>
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<title>黒幕急行</title>
<description> 1998.--.--　阪急神戸本線　梅田　マルーン１色の７０００系、天井から吊り下がるパタパタ発車案内…と消えてしまったものばかりであるが、今回取り上げるのは阪急の種別方向幕である。現在は宝塚線中心に見られる種別幕「急行」は「黄色地に黒字」であるが、その１世代前（細かく言うとこの間に２つバージョンがあるが）の急行は「黒地にオレンジ文字」であった。　Wikipediaによると、「黒地にオレンジ文字」の急行表示は1982年に
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/7004be.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/7004be.jpg" alt="黒幕急行" border="0" width="500" height="375" /></a><br />1998.--.--　阪急神戸本線　梅田<br /><br />　マルーン１色の７０００系、天井から吊り下がるパタパタ発車案内…と消えてしまったものばかりであるが、今回取り上げるのは阪急の種別方向幕である。現在は宝塚線中心に見られる種別幕「急行」は「黄色地に黒字」であるが、その１世代前（細かく言うとこの間に２つバージョンがあるが）の急行は「黒地にオレンジ文字」であった。<br />　Wikipediaによると、「黒地にオレンジ文字」の急行表示は1982年に登場し、それまでの「白地に赤字」の初代急行表示を置き換える。しかし、「黒地に白字」の普通との区別がつかないケースがあるという理由で1992年より快速急行と同じ「黄色地に黒文字」へと順次交換されていったとなっている。…こう書くと表示の書式を揃えるのは全社的に一斉に行われるもの、という風に思ってしまいがち、実際私も大学通学で1997年から大阪へ日常的に向かうまでは阪急について断片的にしか知らず（インターネットはまだまだ普及していないし、ブロードバンドなんて言葉もなかった頃である）、「黒地に黄色文字」の急行は古い電車本の中のもの、とばかり思い込んでいた。ところが実際通うようになると、まだ車両によっては「黒地黄色文字」の急行が走っており、「ええっ？」と思った。…なんてことはない、表示の変更は順次変更されていたというのが実際のところで、５年たってもまだ全車完了しているわけではなかった。まあさすがに英字がないとか白地に赤字の急行はなかったが、種別と行先でフォントが違ったり、編成の中でもバージョンがバラバラというのはザラで、私鉄の中でもトップクラスの質という印象があった阪急のイメージが少し崩れた記憶がある（この頃京都線ではまだ5300系の一部で運行標識板を使った急行も最後の活躍をしていた）。とはいうものの、希少性の高く、なんだかちょっと特別な感じのする「黒幕急行」を目撃するとうれしかった覚えがある。<br /><br />　ただ、例によってロクな写真を残していないのだ…。はっきりいって梅田で撮った駅撮りしかない。まあこれに限らないのだが阪急の場合通学利用だったため、趣味的な視点であまり見てなかったというのが正直なところである。というか、当時は金もないのであまり写真も撮れないし、重い一眼レフをラッシュに巻き込まれながら通学で持っていくわけにも行かず、朝は学校へ行くだけで精一杯、夕方はノンビリしてると夕方のＪＲのラッシュに巻き込まれて自宅に戻るのがしんどくなる（笑）という今思えばなんとも鉄根性のない生活でお宝を逃していた。梅田の駅撮りなどはたまたま余裕があって、たまたまコンパクトカメラを持っててという時の写真である。なにやってんだか…当時の俺。<br /><br />　通学を始めた頃はまだ宝塚線で「黒幕急行」をそこそこ見られた覚えがあるが、97年11月の宝塚線ダイヤ改正を機に全消滅、その後は神戸線の7002,7004,8008と京都線の8302が最後まで黒幕急行を維持していた（10年以上たってるが、なぜかこの４本の車番は覚えていたな）。当時某大学の鉄道趣味サークルにいたのだが、当時の内輪向け会報に黒幕急行の研究発表があったことを思い出し、引っ張り出してみると、99年になって相次いで幕交換が行われて最終的に消滅した、とのことである。<br /><br />　余談。画像での7004は「急行　高速神戸」を表示しているが、後方のパタパタ発車案内はどうみても行先３文字（そういやパタパタの急行は後付け以外黒地黄色文字を維持していたな…今でも見られる駅あるんでは？）。これは単に列車側の指令ミスで、程なくこのあと「新開地」に表示を直してました（そっちの写真はブレてるのでお見せできません（笑））。 ]]>
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<dc:subject>阪急</dc:subject>
<dc:date>2009-06-20T18:40:26+09:00</dc:date>
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<title>（東成田）芝山</title>
<description> 2004.8.3　京成本線　国府台　2002年、東成田～芝山千代田間2.2キロで開業した芝山鉄道は成田空港建設にかかる地元補償的な路線である。かつての「成田空港駅」である東成田から空港の地下を通って地上に出るともう終点というミニ路線であるが、ラッシュ時には京成上野や都営・京急方面との直通運転も設定され、快特や快速もある。　ただ、「芝山千代田」と行先を出しただけでは、どこへ行くのかわかりにくいという懸念からか、当
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/hn-shibayama.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/hn-shibayama.jpg" alt="東成田（芝山）" border="0" width="500" height="360" /></a><br />2004.8.3　京成本線　国府台<br /><br />　2002年、東成田～芝山千代田間2.2キロで開業した芝山鉄道は成田空港建設にかかる地元補償的な路線である。かつての「成田空港駅」である東成田から空港の地下を通って地上に出るともう終点というミニ路線であるが、ラッシュ時には京成上野や都営・京急方面との直通運転も設定され、快特や快速もある。<br /><br />　ただ、「芝山千代田」と行先を出しただけでは、どこへ行くのかわかりにくいという懸念からか、当初から行先表示は「（東成田）芝山」と通過点である東成田を先に表示として成田方面へ行くことを匂わせ、芝山鉄道への直通は「芝山」とだけ表示することで対処されている。これは、東京方からの直通列車に限らず、日中の京成成田～芝山千代田間の折返し運転の列車でも同様という。ちゃんと駅名を出してもらえず、しかもカッコ書きの東成田の方が先というのも悲しい話であるが。ただ、例えば「東成田方面芝山千代田」なんて書くと字が多くて小さくなり読めないということになるからこれが精一杯ということだろう。 ]]>
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<dc:subject>京成</dc:subject>
<dc:date>2009-06-14T18:07:44+09:00</dc:date>
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<title>「うすい」</title>
<description> 2004.8.3　京成本線　国府台　京成の普通電車の半数近くは「うすい」という行先表示を出している。最近はやわらかい、親しみやすいイメージを狙ってか、ひらがな書きの駅名を採用するところがあるが、この「うすい」に関しては意味合いが違う。　正式に言うと、「うすい」ゆきは京成佐倉のひとつ上野寄りにある「京成臼井」ゆきである。ただ、京成は駅名に冠する「京成」は行先表示からは原則省略することになっており、そうなると
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/usui.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/usui.jpg" alt="うすい" border="0" width="500" height="353" /></a><br />2004.8.3　京成本線　国府台<br /><br />　京成の普通電車の半数近くは「うすい」という行先表示を出している。最近はやわらかい、親しみやすいイメージを狙ってか、ひらがな書きの駅名を採用するところがあるが、この「うすい」に関しては意味合いが違う。<br /><br />　正式に言うと、「うすい」ゆきは京成佐倉のひとつ上野寄りにある「京成臼井」ゆきである。ただ、京成は駅名に冠する「京成」は行先表示からは原則省略することになっており、そうなると本来は「臼井」となるはず。<br />　これは似た駅名があるためという理由のようで、京成高砂でつながっている北総鉄道に「白井」駅があるため、紛らわしいということらしい。白井ゆきという設定はこれまでないのだが、「臼」と「白」はパッと見の区別がつきにくいようにも思えるうえ、仮に間違えるとまったく違う方向へ行ってしまうため（白井駅は白井市、京成臼井駅は佐倉市）、これは親切というよりも混乱を避けるためのやむを得ない措置であろう。読みやすくということで本来の表記と違う行先表示をしているケースは関西を中心にいくつか例があるが、間違い防止となると、ＪＲ大船渡線の盛を盛岡との混同を避けるため国鉄時代から行先表示を「さかり」としているケースくらいではないだろうか。 ]]>
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<dc:subject>京成</dc:subject>
<dc:date>2009-06-14T17:40:28+09:00</dc:date>
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<title>７０００系リバイバル旧塗装</title>
<description> 2005.10.22　南海本線　石津川　南海の色といえば今だに「緑の濃淡ツートン」を思い浮かべる方も多いであろう。1521系に採用されて以来、戦後の南海電車といえば「緑」（まあ高野線はステンレスの「銀」もあるけど）、南海ホークスのシンボルカラーでもあり、あまりにも当たり前の存在であったはずが、関西空港への直通に際し、南海のイメージを一新することとなって、このカラーリングは1992年に姿を消した。その後、ズームカー２
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/nankaiold.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/nankaiold.jpg" alt="７０００系リバイバル旧塗装" border="0" width="500" height="359" /></a><br />2005.10.22　南海本線　石津川<br /><br />　南海の色といえば今だに「緑の濃淡ツートン」を思い浮かべる方も多いであろう。1521系に採用されて以来、戦後の南海電車といえば「緑」（まあ高野線はステンレスの「銀」もあるけど）、南海ホークスのシンボルカラーでもあり、あまりにも当たり前の存在であったはずが、関西空港への直通に際し、南海のイメージを一新することとなって、このカラーリングは1992年に姿を消した。その後、ズームカー２１０００系が引退を前に緑基調の旧塗色を纏ったこともあったが、記憶や画像の中の存在でありつづけていた。<br /><br />　それが、南海創業１２０周年の記念企画として、2005年10月から2006年６月まで、7000系１編成が懐かしの塗色に戻ったのである。当初数か月は運用も公開され、多くのファンの被写体となった。ちょうどこの頃に南海本線が大掛かりなダイヤ改正を行ったため、その移り変わりをおさえた方も多いであろう。私は…なんで２回しか撮りに行ってないんだろう？？途中で運用公開がなくなってしまい、撮れないリスク覚悟では行きにくかったんだろうか。画像は空港急行の運用につく旧塗装である。関西空港ができたからこそこのカラーリングは姿を消したわけだが、まあ皮肉とはいわないか。<br /><br />　「旧塗装になったから、運転終了後は廃車になるんじゃ？」なんてウワサも聞いたことがあったが、7000系の廃車は始まっているものの、記事掲載時点ではちゃんと現行塗色に戻り現役である。 ]]>
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<dc:subject>南海</dc:subject>
<dc:date>2009-05-10T16:18:30+09:00</dc:date>
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<title>登場時の多摩急行</title>
<description> ----.--.--　小田急多摩線　栗平　小田急多摩線は多摩ニュータウンの足として開業したものの、同じく多摩ニュータウンに路線を持つ京王とは対照的に、小田原線の線路容量不足で都心への直通列車がほとんど設定できず、新百合ヶ丘折り返しを余儀なくされていた。　しかし、小田原線複々線化が徐々に進んだことで2000年から徐々に小田原線直通が増え、2002年より地下鉄千代田線直通列車として多摩急行が新設された。2000年には急行と
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/tamakyu.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/tamakyu.jpg" alt="登場時の多摩急行" border="0" width="500" height="346" /></a><br />----.--.--　小田急多摩線　栗平<br /><br />　小田急多摩線は多摩ニュータウンの足として開業したものの、同じく多摩ニュータウンに路線を持つ京王とは対照的に、小田原線の線路容量不足で都心への直通列車がほとんど設定できず、新百合ヶ丘折り返しを余儀なくされていた。<br />　しかし、小田原線複々線化が徐々に進んだことで2000年から徐々に小田原線直通が増え、2002年より地下鉄千代田線直通列車として多摩急行が新設された。2000年には急行と特急「ホームウェイ」が設定されていたがいずれも時間を絞った数少ない設定であり、多摩線で昼間を中心に多数運転される優等列車としては多摩急行が初である（多摩線の「急行」も現存する）。急行が向ヶ丘遊園停車に対して、多摩急行は通過すること、多摩線への直通をアピールすべく単なる急行とは分けたものと思われる。小田急は時間帯や両数によって同じ種別でも通過したり停まったりがまちまちであろうと種別を変えないことが行われていたが、さすがにこの時はそうはいかなかった。<br /><br />　さて、小田急の種別表示は長い間「黒地に色文字」が基本であり、多摩急行は「多摩」が緑、「急行」が赤という２色分けが行われた。これは千代田線直通という事で小田急と共に運用を受け持つ地下鉄車の３色ＬＥＤ行先表示でも対応できる表示であった。ただ、方向幕表示だとこの表示がちょっと映えない。この画像だけだろうか？まあもともと急行のも黒地に赤文字も必ずしも視認性が高いとも言いにくいし。この画像では行先の「唐木田」がはっきりしているだけに余計であった。<br />　２００４年、小田急の種別幕が「色地に白抜き文字」に改められ、多摩急行はシンボルカラーがピンクとなり、字幕車は「ピンク地に白抜き文字」となった。なお、メトロ車のうち幕車は小田急と同じカラーリングとなったが、３色ＬＥＤ車は、緑と赤の表示を継続使用している。 ]]>
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<dc:subject>小田急</dc:subject>
<dc:date>2009-05-10T15:52:21+09:00</dc:date>
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<title>山陽３１００編成</title>
<description> 1998.--.--　山陽電鉄本線　尾上の松～高砂　高度成長期の山陽電鉄の車両といえば３０００系列。今でこそ主役は５０００系列に譲っているが、普通車を中心にＳ特急でも引き続き活躍中である。1964年にアルミカーとして登場、その後は車両数確保の観点から鋼製車に転換、新造冷房車である3050系にマイナーチェンジした後、末期は再びアルミカーとなるなど、細かい変遷を繰り返しながら約２０年間製造された。　さて、３０００系列は
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/3619.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/3619.jpg" alt="3619.jpg" border="0" width="500" height="320" /></a><br />1998.--.--　山陽電鉄本線　尾上の松～高砂<br /><br />　高度成長期の山陽電鉄の車両といえば３０００系列。今でこそ主役は５０００系列に譲っているが、普通車を中心にＳ特急でも引き続き活躍中である。1964年にアルミカーとして登場、その後は車両数確保の観点から鋼製車に転換、新造冷房車である3050系にマイナーチェンジした後、末期は再びアルミカーとなるなど、細かい変遷を繰り返しながら約２０年間製造された。<br />　さて、３０００系列は車体素材の細かな仕様変更だけでなく、中間に２０００系や２３００系を付随車化した車両を組み込んだり、一時は３両編成２本併結で６両編成を組んだりと細かなトピックスが多いのだが、その中でも特異といえるのが画像の３１００編成である。画像撮影当時は４両編成であったのだが、目玉は神戸寄り２両と姫路方先頭車。姫路方先頭車３６１９は他車のアルミ車体とは一目で違いがわかるライトグレー塗装が目立つ。<br /><br />　この編成の親玉は神戸方のユニット３１００－３１０１である。この２両（Ｍｃ－Ｍ）はもともと将来の６連増結用運用の登場を見込んで1984年に製造されていた。しかし、製造時に実際にその運用を組む予定はなかったため、３０００系の制御車３６１９を相棒に選び、とりあえず３両編成を組んだ。３６１９はその際に親玉である３１００－３１０１に合わせて鋼製車に釣り合うようアルミ車のカラーリングに合わせた塗装となったものである。しかし、合わせたといってもアルミ車体のシルバーと鋼製車体のライトグレーでは明らかに別物である。山陽では異形式編入や仕様変更で、伝統的におおらかな面を持ち合わせているのだが、この編成などその最たるものであろう。普段は種別行先を重要視する私も、この編成を目にすれば、問答無用でカメラにおさめることにしていた。ま、画像はＳ特急の送り込みを兼ねて朝ラッシュ時のみに運転されていた大塩ゆき普通車だったので、これは撮る撮らないを考えるまでもない大ネタであるが…。<br /><br />　なお、３１００－３１０１で想定されていた６連運用は、結局３０５０系３両編成を２本増結したり、５０００系を６連化することになり、おそらく多客時のみ６連化することを見込んで登場したであろう３１００－３１０１の出番はなくなってしまった。そのため、増結運用を見越して設置されていた設備ものちに取り外され、また、普通車運用中心となった３０００系列の実情に合わせて2001年には中間付随車が他編成に組み替えられたため、現在は登場時の３両編成で運用中である。<br /><br />　ちなみに、一部文献、ネット記述では３１００-３１０１を「３１００系」として紹介しているケースがあるが、公式にはこのユニットは３０５０系の一部として扱われている。 ]]>
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<dc:subject>山陽</dc:subject>
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<title>「臨」急行</title>
<description> 2002. 4.--　京阪本線　香里園　京阪は臨時列車の際に「臨」と書かれた副標識を掲出し、臨時列車であることを明示する。京阪は観光客輸送や純粋なイベント列車として現在でも臨時列車の運転が多く、その時期さえ狙えばこの副標識自体は見ることはままある（最近は列車名が付いていることが多いため、そのヘッドマークで「臨」の代わりをしていることも多い）。しかし、臨時急行だけは基本的に方向幕に「臨急」という種別表示を持っ
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/rine.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/rine.jpg" alt="「臨」急行" border="0" width="500" height="336" /></a><br />2002. 4.--　京阪本線　香里園<br /><br />　京阪は臨時列車の際に「臨」と書かれた副標識を掲出し、臨時列車であることを明示する。京阪は観光客輸送や純粋なイベント列車として現在でも臨時列車の運転が多く、その時期さえ狙えばこの副標識自体は見ることはままある（最近は列車名が付いていることが多いため、そのヘッドマークで「臨」の代わりをしていることも多い）。しかし、臨時急行だけは基本的に方向幕に「臨急」という種別表示を持っていたため、その表示で副標識の代用としていることが多かった。臨時急行は淀にある京都競馬の開催日には観客輸送用に多数運転されていたため、運転頻度が高かったこともあるのだろう。<br />　しかし、どういうわけか例外はあるもので、一部に「臨急」表示を持っていない車両があったため、その車両が運用に就くと「臨」副標＋「急行」幕という組み合わせも見られたのである。持っていない車両が何本あったのかは定かではないが、７～８本臨時急行が走っても「臨」副標は１～２本あったかどうか、これを撮影した時はまさにそんな感じであった。この画像はホーム撮りであるが、もともとはホーム先端で撮っていたのに、この臨急の到着時は反対方向の列車に遮られてしまい、慌ててホーム中ほどまで行ってなんとか撮った、それくらいのものであった。<br /><br />　京阪の競馬臨はあまりネット上にも情報が上がらないのだが、中之島線開業に伴う新ダイヤで急行の運転が皆無となった現在も、以前ほどの本数ではないにせよ大阪方面の臨時急行は中之島行きで走っているそうである（京都方面は未確認）。ただ、中之島線開業前からそうだったのだが、どうも競馬臨の場合は臨時列車である表示を省略するようになったらしく、また方向幕の刷新によって現在は「臨急」幕もなくなったそうで、今走ってもただの「急行」表示だそうである。 ]]>
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<dc:subject>京阪</dc:subject>
<dc:date>2009-04-19T20:35:32+09:00</dc:date>
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<title>通勤特急　須磨浦公園ゆき</title>
<description> 1998.--.--　山陽電鉄本線　月見山　神戸高速鉄道の開業以来、阪神と山陽の直通特急がスタートした1998年２月まで、阪急も一部列車が山陽の須磨浦公園まで乗り入れしていた。ただ、阪急の列車は早い段階から８両編成が基本になっていたにもかかわらず、山陽電鉄の設備の都合上須磨浦公園ゆき（一部東須磨折り返しもあった）は６両編成で運転せざるをえず、これが輸送力上かなりネックになっていたといわれている。ラッシュ時には三
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/cltd-sk.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-41-origin.fc2.com/t/e/t/tetsuradiq/cltd-sk.jpg" alt="通勤特急　須磨浦公園ゆき" border="0" /></a><br />1998.--.--　山陽電鉄本線　月見山<br /><br />　神戸高速鉄道の開業以来、阪神と山陽の直通特急がスタートした1998年２月まで、阪急も一部列車が山陽の須磨浦公園まで乗り入れしていた。ただ、阪急の列車は早い段階から８両編成が基本になっていたにもかかわらず、山陽電鉄の設備の都合上須磨浦公園ゆき（一部東須磨折り返しもあった）は６両編成で運転せざるをえず、これが輸送力上かなりネックになっていたといわれている。ラッシュ時には三宮まで増結したり、ついには須磨浦公園直通を普通列車中心にすることも行われていた。<br /><br />　一方、通勤特急は阪神・淡路大震災後の1995年６月のダイヤ改正で新設された列車である。特急停車駅＋塚口停車という設定で平日朝ラッシュに登場、このときわずかながら通勤特急の須磨浦公園ゆきが設定されたが、前述のとおり３年弱で山陽乗り入れが中止されたことにより、わずかな期間の運転にとどまっている。画像は改正前ギリギリになって撮ったもので、まあ地味ながら葬式鉄的な撮影であった。 ]]>
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<dc:subject>阪急</dc:subject>
<dc:date>2009-03-29T17:41:48+09:00</dc:date>
<dc:creator>tetsuradiq</dc:creator>
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