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大塩ゆき直通特急
大塩ゆき直通特急
1999.5.2 阪神本線 梅田

 阪神・山陽の直通特急は阪神梅田〜山陽姫路と乗り入れ両社のターミナルを結ぶのが基本である。しかし、比較的長距離なうえに終日運転ということもあって、車両運用の都合上、早朝深夜は全区間運転とはならないケースがある。出庫の関係で始発駅が御影や東二見になったり、山陽の車庫がある東二見止めという列車も設定されていた。しかし、その中で異彩を放っていたのが夜間に1本だけあった大塩ゆき直通特急である。
 大塩は車庫のある東二見と山陽姫路のちょうど中間付近にある特急停車駅であり、一部のS特急や普通車が始終着としている駅ではあるものの、それにしてもなぜ大塩?という不思議な行き先設定であった。2006年に姿を消したが、直通特急には直通運転をアピールすべく「大阪ライナー」「姫路ライナー」の愛称がついており、愛称プレートも掲示されていた。この大塩ゆきにも姫路まで行かないのに「姫路ライナー」のプレートが付いていた。実際は、終点大塩で普通車に接続するので、ちゃんと姫路には行けたのだが。
 この改正では山陽電鉄線内運転の大塩ゆき特急も1本設定されており、気になる人には気になる列車であった。都合で仕方なく設定されたと言えなくもないこの列車は次の2001年改正であっさり姿を消した。なお、余談だが、2008年現在の阪神電鉄の行先表示幕では「直特 大塩」の表示はすでに削除されている。

テーマ:鉄道写真 - ジャンル:趣味・実用

阪神・快速急行
8502編成 快速急行
1999. 3.17 阪神本線 千船

 阪神の快速急行はかつて特急とともに主力となっていた列車である。昭和58年に休日の昼間限定でスタート。当初は梅田〜西宮間の急行を三宮まで延長運転する形ではじまった。急行のダイヤに乗っかっているため、梅田を出ると野田、尼崎、甲子園、西宮と停まるが、延長運転となる西宮以西は三宮までノンストップ、上りは青木に停まり後続の特急を待避していた。そして昭和61年の改正で勢力を拡大、平日昼間にも急行に替わって快速急行が運転され、阪神は「阪神間に12分に2本の速達列車」というかつての「待たずに乗れる阪神電車」の再来といえるアピールポイントが生まれた(当時の国鉄は新快速・快速が15分に各1本、阪急は特急が10分に1本)。ただ、この改正より上りの青木停車を中止する代わりに六甲ライナーの乗換駅となった魚崎に追加停車し西宮〜三宮間ノンストップではなくなった。その後今津も一部時間帯の下りのみ追加停車している。
 こうして特急とともに2枚看板となった快速急行であるが、平成10年の直通特急運転開始のダイヤ改正で立場が大きく変わる。この改正で1サイクル10分の運転となったため、昼間の快速急行は元の梅田〜西宮の急行に置き換えられ平日朝下りと夕方の運転のみとなる。その後平日朝下りの運転もなくなったため、現在は平日の夕ラッシュ時のみと往時と比べかなり寂しいものとなった。停車駅も青木と岩屋が加わっている。

 ちなみに、西大阪線の延伸に伴う近鉄奈良線との相互直通運転は数十年の構想段階を経てようやく開業が近づいてきたが、その際のメイン列車は快速急行になるとされている。近鉄奈良線では今も主力中の主力であるが、かつてはともかく現在の阪神の快速急行は影の薄い存在になっている。開業時に再び主役に躍り出ることになるのだろうか。それにしては直通用新車の1000系が「急行」「奈良」表示で登場していたのが気になるが…。
阪神8523編成
阪神8523編成
1999.8.- 阪神本線 大物

 阪神電鉄で一大勢力を誇る8000系のトップナンバーである8201編成は性能は新車ながら車体はこれまでの阪神電車のスタイルを踏襲した「赤胴車」を基調とした顔で登場した。しかし、次に増備した8000系以降はいわゆる「額縁スタイル」の顔となり、8201編成は8000系の中で1編成だけの珍編成としてファンにも認知されるようになる。

 1995年の阪神・淡路大震災で8201編成は6両中3両が被災し廃車。ところが残った3両は同じように編成の一部が廃車された2両と新造された1両とで組み、8523編成となる。震災の傷跡ではあるが、梅田方がふつうの8000系、神戸方が「赤胴車」顔と、顔が違う超異端の編成として現在も変わらずファンの注目を浴び続けている。現在は機器の関係で直通特急運用には入ることはなく、須磨浦公園までの運用についている。ちなみに、顔はいわゆる「赤胴車」顔だがあくまで8000系のため、甲子園でのイベント開催時にはヘッドマークではなく車掌台側にプレートをつけることになっている。

 なお、画像の高速神戸ゆき特急は昔はいくらでも走っていたが、直通特急の増発により現在は平日の深夜に1本と土・休日の夕方以降のみの運転となりほとんど見られなくなった。