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特急「新町」
特急「新町」
2001.3.- 京急本線 金沢八景

 京急はながらく電車に掲示する行先表示のうち、長いものについては省略するという慣例があった。よく地名に会社名が冠された駅名は略されることが多い。ご多分に漏れず京急も「京急蒲田」→「蒲田」、「京急川崎」→「川崎」、「京急久里浜」→「久里浜」であった。さらに、「金沢文庫」は「文庫」、「金沢八景」は「八景」。「新逗子」は「逗子」だけだった。そしてこの画像の「新町」は「神奈川新町」を略したものである。ここまで略すと利用者や地元民以外ではわからないだろう。文庫や八景はわからないなりにも特定できそうだが、新町なんて地名はいっぱいあるわけだし。まあこれも京急名物といっていいものであった。ただ、600形の1996年増備組のあたりから電車でも正式駅名表示が行われるようになり(京急の行先幕は幅広ではあるが、それでも支線の「京急川崎⇔小島新田」など一部にかなりぎゅうぎゅうな表示が見られる)、さらに今度は方向幕の英字併記を行う際に字幕の色を白地に戻すなど方向幕の変更が近年相次いでいるため、今、省略駅名の行先表示が見られるのかは?である。

 ちなみにこの特急神奈川新町ゆきは横浜への通勤客向けで運転しているもの。京急は横浜近辺での混雑が一番激しいため、横浜への乗客と都心へ向かう人とを分散させる目的から朝ラッシュ時に何本か運転されている。
京急700形 特急「文庫」
700形特急「文庫」

2001.3.- 京急本線 金沢八景

 京急700形は京急初の4扉通勤車として登場した。ところが、3両編成での使用のつもりで設計したのが4両編成で使用するようになり性能が不足、もともと普通車用だったのが加速が弱く、しかも4扉のために座席が少なくラッシュ時以外には使いにくい車両となってしまったという。京急の電車はたいていファンにもよく認知されるいい車両を多数輩出してきたのだが、700形を本来の用途だった本線普通車で見かけるのは少なく、大師線やかつての空港線などでひっそり動いているような印象があった。

 しかし、その700形がラッシュ時にはひときわ輝く。それが朝ラッシュ時のかつての「通勤快特」、現在は「通勤快特」の種別は使われず「特急金沢文庫行、金沢文庫から快特品川行」(通称「B快特」)である。このときばかりは金沢文庫からは4両編成を3本つなげた京急最長の12両編成で多くの通勤客を乗せて品川へ向けて疾走、4扉を生かして通勤客をさばく700形の性能を十二分に発揮する姿が見られた。画像は金沢文庫で4両増結となる前、「特急 文庫」状態での姿である。京急はこの当時車両の行先表示においては長い駅名を略す慣例があり金沢文庫は単に「文庫」とだけ表示していた。

 「B快特」での活躍は2003年夏のダイヤ改正までで終わり、本線普通車でも次第に使用されなくなると最後は大師線での運用のみとなる。一部は改造の上2003年から高松琴平電気鉄道へ移籍し白と黄色のツートンで琴平線の新たな主力となった1200形として引き続き活躍しているが、京急では2005年11月をもって全車引退となった。