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鉄道写真歴10ウン年。撮りだめた写真を掘り返してみる。
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阪神・快速急行
8502編成 快速急行
1999. 3.17 阪神本線 千船

 阪神の快速急行はかつて特急とともに主力となっていた列車である。昭和58年に休日の昼間限定でスタート。当初は梅田〜西宮間の急行を三宮まで延長運転する形ではじまった。急行のダイヤに乗っかっているため、梅田を出ると野田、尼崎、甲子園、西宮と停まるが、延長運転となる西宮以西は三宮までノンストップ、上りは青木に停まり後続の特急を待避していた。そして昭和61年の改正で勢力を拡大、平日昼間にも急行に替わって快速急行が運転され、阪神は「阪神間に12分に2本の速達列車」というかつての「待たずに乗れる阪神電車」の再来といえるアピールポイントが生まれた(当時の国鉄は新快速・快速が15分に各1本、阪急は特急が10分に1本)。ただ、この改正より上りの青木停車を中止する代わりに六甲ライナーの乗換駅となった魚崎に追加停車し西宮〜三宮間ノンストップではなくなった。その後今津も一部時間帯の下りのみ追加停車している。
 こうして特急とともに2枚看板となった快速急行であるが、平成10年の直通特急運転開始のダイヤ改正で立場が大きく変わる。この改正で1サイクル10分の運転となったため、昼間の快速急行は元の梅田〜西宮の急行に置き換えられ平日朝下りと夕方の運転のみとなる。その後平日朝下りの運転もなくなったため、現在は平日の夕ラッシュ時のみと往時と比べかなり寂しいものとなった。停車駅も青木と岩屋が加わっている。

 ちなみに、西大阪線の延伸に伴う近鉄奈良線との相互直通運転は数十年の構想段階を経てようやく開業が近づいてきたが、その際のメイン列車は快速急行になるとされている。近鉄奈良線では今も主力中の主力であるが、かつてはともかく現在の阪神の快速急行は影の薄い存在になっている。開業時に再び主役に躍り出ることになるのだろうか。それにしては直通用新車の1000系が「急行」「奈良」表示で登場していたのが気になるが…。
未更新3500形急行
京成3500形未更新車 急行成田ゆき
1998. 8.-- 京成本線 東中山

 京成3500形は昭和47年に登場した京成初のステンレス製車両である。3500形は半数以上の車両が更新工事を受けて登場時のスタイルから変化している。画像は更新工事が途上だった頃に撮影した今は見られない3500形未更新車の急行成田ゆきである。ちなみに、2002年10月の改正で急行は押上線のみの運行となったため成田ゆきの急行というのも今は見られない。ちなみにこの画像の3588など終盤に製造された車両については更新工事が行われなかった。
 3500形には登場時から種別・行先表示幕が装備されている。ところが、この頃の京成の車両は国鉄形車両の近郊型のようにおでこに表示枠が1つあるだけ。ここで種別と行先をそれぞれ表示していた。これが結構小さくて読みにくい。そこで、3500形は昔からの種別板を貫通扉に掲げて表示を補完したのである。同様に他の車両も方針転換して、おでこは行先のみとし、貫通扉に大きく種別幕を装備しなおしたり、種別板を掲げたりするようになり、3000形登場まではこれが京成の標準スタイルとなる。3500形の更新車も改造によりおでこに行先幕・貫通扉に種別幕のスタイルとなった。

 3500形は4両編成のみで、これを2本併結した8両編成が優等列車に入る。しかし現在8両編成を組むのは更新車のみであり、未更新車が「特急」などの種別板を掲げるケースはなく、白い「普通」の板を掲げて普通列車の運用に就くのみである。赤い種別板は写真の中の存在となってしまった。京成を撮影した際にはぜひ種別板を掲げた車両が撮りたかったのだが、優等列車で撮れたのは結局この1枚のみで終わってしまった。
京成3500系未更新車 普通
2007.2.11 京成本線 京成関屋〜堀切菖蒲園

「快速連絡」
快速連絡
2001. 3.-- 東武日光線 上今市

 東武伊勢崎線・日光線にはながらく特別料金不要の速達列車として快速が1時間毎に運転され、浅草から東武日光、鬼怒川方面を結んでいた。快速は原則的に浅草〜下今市間で2方向の列車を併結運転し、下今市で分割して両方向へ走るのが基本であったが、まれに鬼怒川方面のみ運転する列車が設定されており、その際に東武日光からの連絡列車として東武日光〜下今市間に運転されていたのが「快速連絡」である。途中の上今市は通過し、東武日光からの利用客を下今市で快速に連絡させるための列車であった。といっても、快速利用者以外は乗車できないということはない。特急や(有料だった頃の)急行も鬼怒川方面へ行く列車が多かったことから、日光への利用客のために同様に「特急連絡」「急行連絡」という列車を出して利便性を確保していた。なお、この「快速連絡」は正式な種別なのかどうなのかはいまいちハッキリしない。

 「快速連絡」は2003年3月の改正で快速がすべて2方向併結となったことで設定がなくなった。快速自体もその後2006年の改正でほとんどが区間快速へ格下げとなっている。無論「区間快速連絡」なんてものはない。「○○連絡」は現在「特急連絡」のみが残っているが、2006年改正からは上今市にも止まるようになったそうで実質普通列車化されている。 
S特急
S特急 阪急六甲
1997.--.-- 阪急神戸本線 王子公園

 山陽電鉄のS特急は1991年、それまでの通勤特急と夜間に走っていた東二見以西各停の特急を統合する形で登場した列車種別である。「S」というと「Super」とか「Special」の頭で特急より上位っぽい雰囲気があるが、実際は「Service」「Smart」「Speedy」「Short」などの頭文字から取ったものとされ(登場時にこう公式発表されているという)、特急よりも下位種別である。JRとの競合に苦しめられ続けている山陽であるが、S特急は平日朝ラッシュ時と深夜の運転が基本で、JRとの競合が少ない大塩や高砂、東二見を起点とし、東二見までは各停運転の上で藤江や霞ヶ丘といった待避線のある駅にも止まって普通車との緩急接続も取り、終点まで先行(各停区間の高砂では特急に抜かれた)する区間運転の特急という位置づけで、特急よりもきめ細かいサービスを持ち味とし、実際4つの頭文字全ての要素を持ち合わせていた。その後、緩急接続が見直されたり、停車駅がさらに増加したり、本数が削減されたりしており、また2006年には下りに山陽姫路まで行く列車が登場するなど変化が見られている。
 ちなみに、特急の下なら急行でいいのでは?という気もするが、1984年まで走っていた急行はS特急とはまるで違う停車駅で走っており、急行自体も当時は「休止」と発表されていた。また、通勤特急を発展解消させることから特急の名は外せず、こんな種別になったと思われる。

 S特急の種別表示は斜体がかかった独特のロゴになっており、特急よりも早そうな雰囲気すら漂わせている。画像は1998年2月で消えた阪急六甲ゆきのS特急である。阪急六甲への山陽電鉄の乗り入れ自体がこのとき消滅。さらに阪急六甲ゆきは当時1本だけの存在であった。ちなみに画像の5000系に表示された「S特急」ロゴは「S」の上の棒が「特」のところまで伸びている。これは初期の5000系だけで見られたバージョンで、3000系列や5000系でも英字併記された種別幕は「S」の上の棒がこんなに伸びていない。現在5000系の種別幕は全て英字入りに交換されているため、このロゴはもう見られない。
ストレート快速京都号
straight.jpg
1998.--.-- JR山陽本線 竜野〜相生

 山陽本線姫路〜岡山間は特急を除くと各駅停車のみの運転で約1時間20分かかる。通常は利用客が決して多くない区間でもあり本数も毎時1本で編成も短い。しかし、休日などはやはり県境を越える利用客も多くなるため混雑している。新幹線だとこの区間は30分、岡山〜相生だけだと20分(在来線約1時間)で走るため、この時間差を考えると新幹線利用も惜しくない気がするのだが、それでも在来線利用客は多い。このためJR側もよほどのピーク時になると網干総合車両所の長い編成の車両を岡山電車区に貸し出して混雑緩和を図ることがあるのだが、以前はこんな列車が走ったことがある。

 画像はなんの変哲もない221系12両編成の快速列車に見えるが、こんな列車はこの区間では通常走っていない。記憶もあやふやでネット上にも資料がないのだが、この列車「ストレート快速京都号」という臨時快速で、岡山〜姫路間ノンストップ運転というものすごい快速列車だったようなのだ。ただ、手持ちの時刻表や「鉄道ダイヤ情報」を見てもこの列車に関する記事がなく、詳細は不明である。別の時期だったかに姫路駅で同じく姫路〜岡山間ノンストップの快速を夕方に目撃したことがある。確か定期の新快速を岡山まで延長して姫路以西ノンストップ、という形だったと思うのだが、これについてはまったくもってガラガラだった記憶がある。これも「ストレート快速京都号」だったのかは定かではない。

 走らせるならもっとPRすればいいものだが、記憶の限りではPRなんて皆目やってなかったように思う。しっかり走らせれば需要は間違いなくある列車だが、新幹線との兼ね合いを考えればなかなか難しいところである。
快速チボリ号
快速チボリ号
1998.--.-- JR山陽本線 竜野〜相生

 1997年、JR倉敷駅北側に開業したテーマパーク「倉敷チボリ公園」へのアクセスを担うべく1998年から姫路〜福山間の土・休日運転の快速列車として登場したのが快速「チボリ号」である。ヘッドマークをつけた221系4両編成が使用され、姫路発が朝、福山発が夕方に各1本運転されていた。チボリ公園は倉敷だが、岡山から快速「サンライナー」の定期スジに乗っける関係上福山まで運転しており、その後夕方の姫路ゆきとなるまでは「サンライナー」でアルバイト運用していたように記憶している。無論、チボリ公園への観光客も利用していたとはいえ、通常各駅停車しかない姫路〜岡山間においての貴重な快速列車ということで、青春18きっぷの利用者なども愛用していたといわれ利用客数は好調だったようである。
 しかし、2001年春頃からは徐々に運転日が減らされ始め、ついに2002年4月7日の運転を最後に以後は設定がなくなってしまった。肝心の「チボリ公園」の入園者数が低調ということもあるが、「速達客を新幹線に振り向けようとしているのではないか」などといううがった見方をする向きもある。

 なお、まれにであったが、221系ではなくサンライナー編成の117系が代走するケースがあり、その際はヘッドマークではなく赤い「快速」幕を表示して運転していた。
「チボリ号」117系代走
----.--.-- JR山陽本線 竜野〜相生