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| リバイバル?いしづち |
 2002.11.2 JR土讃線 琴平〜塩入
2002年、JR四国はJR西日本から国鉄特急色で残るキハ181系を借り受けてのいわゆる「リバイバル運転」イベントを何度か行った。キハ181は四国初の特急として使用された車両であるが、JR発足後に新車キハ2000系列を増備し、電化を推進したことで1993年には早くも姿を消しており、イベントをしようにも借りなければ仕方なかったのである。国鉄色キハ181はあっちこっちのリバイバルもので当時はまさにひっぱりだこであった。
ただ、国鉄特急色の四国特急は「しおかぜ」と「南風」しかない。それだけでも十分なのだが、このときはリバイバル特急で四国一周といったツアーが組まれていたそうで、この画像のようにJR化後に走った「いしづち」までもリバイバルとして組み込まれたのだった。ちなみにこの日は「うずしお」として高松〜徳島、「いしづち」として徳島〜松山(徳島・土讃線経由)、そして「しおかぜ」で松山〜高松というルートだった。「うずしお」は大昔に山陽本線の電車特急として走っていたこともあるが、国鉄時代の高松〜徳島は急行「阿波」である。「いしづち」に至っては高松〜松山・宇和島の特急なのになぜ徳島発なのか?という話になるが、「いしづち」の名は昭和38年から5年ほど今は亡き小松島線の小松島港から徳島・土讃線経由で松山を結ぶ準急・急行の愛称として使われていたことがあったので、今回はそのリバイバルも兼ねているのだ…って無理があるな。
ということだからなのか本来のヘッドマークは白無地で往年の予讃線急行のようなツートンの円板マークが取り付けられていた(「うずしお」は現行マーク、「しおかぜ」は国鉄時代のマークで走った)。撮ったあとはただただ「…なんだありゃ??」という印象しかなかったのが正直なところである。撮った時は前述のような経緯があるとは知らなかったので、無理やり走らせたための苦肉の策にしか思えなかった。余談だが、個人的には「いしづち」新設後数年だけ使われたほのぼのした風景イラストのマークでも使って欲しかったのだが。あのシリーズなんでやめたんだろ?
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