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| 先代の快速急行(その1) |

 いずれも1998.2.3 名鉄名古屋本線 島氏永〜国府宮
2005年1月改正で登場した現在の快速急行はそれまでの急行を踏襲したもので停車駅も多い。しかし、それ以前にも快速急行を名乗る列車は存在した。かつての快速急行はまさに車両こそ一般車だが特急並みの速達輸送を行う文字通りの快速ランナーであった。
国鉄がJRに移行して以降、並行する私鉄は国鉄時代には考えられなかったようなサービス向上策をとるJRの攻勢に苦戦するというケースが各地で見られた。名鉄もご多分に漏れず、JR東海が東海道本線に快速や新快速を頻発させるようになってからは特に名岐間でJRへの乗客流出が顕著になってきた。そのため1990年に全車指定席の「特急」と全車一般席車の「高速」を一部指定席の「特急」に一本化して特別料金なしでも乗れる最優等列車を15分毎運転に改めた。しかし運賃や所要時間でも負けているためなかなか乗客減が止まらない。そこて、主要駅である新一宮、国府宮の利用客に目をつけ1995年4月に導入されたのがこの「快速急行」であった。
快速急行は新一宮発で新名古屋までに止まるのは国府宮のみ。そして金山を出るとあとは普通に変わって常滑線方面(太田川、常滑、知多半田)へ向かうというもの。運転されるのは新一宮発の下りだけで名古屋方面から新一宮への上りの設定はなし。あくまで新一宮、国府宮と新名古屋や金山との速達輸送のためだけに設定された。というのも新一宮や国府宮の場合、JRを利用するとなるとやってくる列車がすでに大垣や岐阜からの客が多ければ着席できる保証がない尾張一宮か稲沢になるため、「新一宮始発の速達列車で確実に座れる」、というピンポイント的な発想の元設定されていた。ちなみにこの当時国府宮は特急が毎時4本中2本が通過していたため、それを補う意味もあったようだ。使われていたのは画像の特急増結用クロスシート車1800系2両編成か通勤型の3500系4両編成に原則固定。そのため「快急」の種別幕はこの両形式など一部にしか装備されないままであった(代走になるとプレートをつけて種別表示していたらしい)。ちなみに当時の快速急行と2005年からの快速急行とは種別幕のデザインが異なっており、当時はオレンジ地に白文字であった。
近年は関西私鉄を中心にこういった途中駅からの利用客向けのサービス向上が盛んに行われているが、この快速急行もまさにそういうイメージで設定されていた。しかし、実際は快速急行目当てではなくたまたま来たから乗る程度のもので大して効果はないように思えた。実際私も乗ってみたが乗客は少なかったように記憶している。平成7年の運転開始から改正毎に増発はされたものの多くて30分毎の運転。また、ダイヤが国府宮を通過する特急の3分前に新一宮を発車するダイヤ設定になっていたため新一宮では快速急行の次に特急が来る形となり、最速達列車の増発というイメージでも出ず、結果せっかく設定しても地味な存在になってしまっていた。
結局1999年5月のダイヤ改正で国府宮に全ての特急が止まることとなったのに加え、快速急行の存在自体も効果なしと判断されたのかこの新一宮始発の快速急行はここで消滅。JR対策の切り札はわずか4年あまりで姿を消したのだった。
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