でんしゃのしゃしん
鉄道写真歴10ウン年。撮りだめた写真を掘り返してみる。
プロフィール

Author:tetsuradiq
「通勤急行のホームページ・TetsuRadi-Q」内「TrainZone」のコンテンツとして更新中。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



Powered By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ

ブログランキング参加中!


↑クリックをお願いします。



FC2カウンター



最末期の白帯特急
特急新可児新鵜沼
1999.2.7 名鉄豊川線 八幡〜国府特急新可児新鵜沼
1999.2.7 名鉄豊川線 八幡〜国府

 ながらく全車指定席特急として活躍してきた7000系・7700系白帯車であったが、これを撮影した約3か月後の5月の改正で1600系が導入されることにより、特急運用からの離脱が決定していた。当時、7700系は豊川稲荷への多客期輸送に伴う特別ダイヤでの臨時特急しか特急運用がなかったので、これが終れば7000系より一足先に特急から引退することになっていた。たしかこの年の臨時特急での白帯車の特急自体、この新鵜沼・新可児〜豊川稲荷の併結列車2往復だけだったような記憶がある。

 さて、部品セールになると「緑色を見るとみんなの目の色が変わる(笑)」と言われる全車指定席特急用の緑色行先板を掲げている7700系、7000系であるが、実は最後の最後で少しだけ変化が起こっていた。というのも、以前は観光地ゆきの特急ならその観光地、主要都市ならそれが愛称的にメインに表示され、行先駅名がそれと異なるなら添え書きされるのが一般的であった。なので、以前なら新鵜沼ゆきなら「犬山」とメイン書きされそばに小さく「新鵜沼」、新可児ゆきは「日本ライン」のそばに「新可児」と小さく書かれていた。が、この最後の最後のシーズンになって単に行先だけ表示した行先板が新調されて掲出されていたのである。まあ最初見たときは、特に地元でない私など「日本ライン」なんて書かれても「?」だったのだが、交換されたらされたでなんか普通になったなーと物足りなさを感じたように思えたものまた事実だった。勝手なもんだ(笑)。なお、「西尾 吉良吉田」とか「津島 佐屋」だった定期の白帯車特急も単に「吉良吉田」「佐屋」に変わっていたので、どこかの時期で一斉に表示形式の変更が実施されたのだろうと推測される。

テーマ:鉄道写真 - ジャンル:趣味・実用


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://tetsuradiq.blog54.fc2.com/tb.php/43-317a6754
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)