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先代の快速急行(その2)
快速急行 東岡崎ゆき
1999.8.23 名鉄名古屋本線 神宮前

先代の「快速急行」は新一宮~常滑線方面ゆきの物以外にももう1系統、生まれも育ちもまったく別の列車が存在した。1990年のダイヤ改正でそれまでの「高速」が「特急」へ、「準急」が「急行」へ統合され列車種別が整理された。当時の特急は全車指定席であったのに対し、「高速」は特急なみの停車駅(当時特急は基本では通過だった国府宮や鳴海にも止まっていたが)で一般席車を使用する列車として分けられ、名古屋本線では特急・高速が交互に15分毎で設定されていた。しかし、JRとの競争の中でJR線へ乗り入れる豊橋駅への入線が毎時6本までと制限されているため、豊橋への指定席なしの速達列車は毎時2本というのは競争に不利となることから、特急と高速を組み合わせて「一部指定席」の特急を毎時4本として再編した。これにより一般席車による優等列車は急行に一本化され、中には常滑線で元々「高速」だったものを種別は急行にして停車駅は前のまま特別通過させて運転していたケースもあったが、ラッシュ時など輸送力重視のため指定席なしの速達列車も設定され、これは「全車一般席」の特急として運転されるようになった。

ところが、1995年4月ダイヤ改正で前述の新一宮発の快速急行が設定された際、全車一般席特急も快速急行へと組み込まれることになった。といっても、この改正時点では全車一般席特急は既に平日朝ラッシュ時に運転される新岐阜発東岡崎ゆきの1本だけとなっていたのだが、「全車一般席車の」特急というのも紛らわしかったのか、停車駅が同じだったこともありこの列車も快速急行を名乗ることとなった。結局は特急なみの速達列車で特別料金不要というアピールから列車種別を分ける必要性が出てきたわけである。なら「高速」でもいいんじゃないかという気もするが…。

しかし、本家の新一宮発快速急行がJRへの対抗策の目玉として増発、編成増強をしていったのに比べ、朝1本だけの東岡崎ゆきは増発もなく地味に走り続けた。車両は趣味的にはさほど面白みもない3500系8両編成。新岐阜7時30分発のダイヤは設定以来変わらず。所要時間は微妙に変化し、当初は列車番号「800」だったものが、2001年改正でスピードアップされて列車番号が「700」に変わっていた。新名古屋を通る列車は列車番号の頭が発車の「時」になっており、当初新名古屋8時ちょうど発だったのが、2001年より7時58分発となったことによる。それくらいの変化くらいしかないほど地味に通勤客輸送に徹していた。1999年改正で本家の新一宮発グループが全廃されたため、いよいよ快速急行は東岡崎ゆき1本だけとなったがあいかわらず影は薄かった。「快急」の列車種別表示も通常は運用に入ることのない編成には結局最後まで設定されず、少数派のまま。直接の利用者とファン以外にはどれだけ知られていたのかもはなはだ疑問、それほど存在感のない列車であった。結局2003年のダイヤ改正でこの快速急行のダイヤをほぼそのまま引き継いで豊橋ゆきの一部特別車特急が設定されることとなり、結局快速急行は8年ほどで一旦姿を消したのだった。ちなみに、この快速急行の特急格上げで通常一部指定席特急は通過する鳴海が不便をこうむるかと思われたが、代わりに設定された一部特別車特急は鳴海に特別停車したため、結局は変わったのは特別車が2両ついただけであった。現在も朝1本だけ存在する鳴海特別停車の特急は先代快速急行の面影である。

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