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鉄道写真歴10ウン年。撮りだめた写真を掘り返してみる。
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臨時特急「金星」
臨時特急「金星」
----.--.-- JR山陽本線 竜野〜相生

 「金星」といえば名古屋〜博多間を結んでいた583系寝台特急であるが、昭和57年11月のダイヤ改正で廃止されていた。しかし、臨時列車としてはJR化後もお盆や年末年始になると名古屋〜西鹿児島間の座席夜行特急として平成6年まで運転されていた。

 この写真はいつ頃撮ったのかはっきりしないがおそらく中学生くらいの頃に撮ったと思われる。この付近を「金星」が通過したのは朝6時くらいだったろうか。「彗星」や「あかつき」などとセットで撮ったものと思われる。ただ、当時はコンパクトカメラで撮っていたのでまるでキレイには撮れていない。シャッタースピードが低くて勝手に流し撮りのようになっている。この写真も小さく写っていたプリントをスキャナーでトリミングして修正をかけてやっとこれである。

 臨時にもかかわらずヘッドマークが用意され(定期時代のマークを基礎とはしているがアレンジがかかっていた、ちなみにテールマークは文字で「金星」)、EF65 111牽引の14系6両による運転。今なら走るたびにワンサと撮影派がむらがるような編成だが、583系の本家はよく見るものの、意外にネット上で臨時「金星」のその姿を見ることはあまりない。EF65 111は側面のJRマークを消して今なお現役であるが、14系客車の方がダウンしてしまい、もうこの姿を見ることは不可能となってしまった。
貨物列車で甲種輸送
甲種輸送・衣浦臨海鉄道KE65
1998.8.1 JR山陽本線 竜野〜相生

 新造された鉄道車両を他社の路線を使って輸送する列車を「甲種輸送列車」という。貨物列車の一種なので電車だろうが気動車だろうが機関車に牽かれて運転される。そのため新車を一目見よう、あるいは機関車牽引にひかれて、単に珍しいからと理由はさまざまだがファンの注目を浴びることが多い。近年ではファンサービスを狙ってか特別色に塗られたファンに人気のある機関車を使ったり、ヘッドマークをつけたりしてそれに応えたりすることもある。

 この画像、定期の貨物列車に連結して走る珍しい?甲種輸送列車である。原色もほとんどいなくなった岡山機関区のEF65 70(2000年に廃車)のあとに連なるのは愛知県の貨物鉄道である衣浦臨海鉄道のKE65形である。このときは検査(山陰線の後藤発だったので当時の後藤工場で?)を終えて地元へ帰る姿である。このKE65を送り届ける貨物列車も昔ながらのタンク車や貨車をつないでの専用貨物列車と呼ばれる列車でこのごった煮的な組み合わせも最近はほとんど見られなくなってきた。

167系
167系
2000.--.--(?) JR山陽本線 竜野〜相生

 国鉄時代、修学旅行専用電車として急行型をベースに登場したのが167系である。修学旅行は今や新幹線が当たり前であるが、昭和40年代までは黄色とオレンジのツートンカラーの修学旅行専用電車での行き帰りが専らだったという。165系に比べて狭いドアが特徴であった。その後、塗色は165系と同じ湘南色に変わり、国鉄からJR西日本に継承された直流の急行型電車は165系が紀勢本線のローカル列車に、167系は宮原電車区での団体・臨時列車への使用となった(167系の編成には165系も混じっていた)。以来、167系は団体列車を中心にたまに「ちくま81・82号」や「くろよん」などの臨時急行に入る形で使用が続けられた。ときには12両編成を組むなど往年の急行ばりの活躍もあったが、末期は6両編成1本が残るのみとなっていた。湘南色は113系や115系であまりにもおなじみだが、白熱灯にユニット窓が並ぶ2扉の車体は近郊型とは別格の雰囲気を醸し出していた。画像は何の気なしに夕方に来たいわゆる「金光臨」を撮ったものと思われる。これが167系を撮った最後となり、この年で167系は引退した。特にさよなら運転などが行われることもなかったはずである。直流の急行型は東日本、東海、西日本と各社で保有しおのおのでファンに根強い人気を誇っており、各社とも終焉間際には往年の最盛期を懐かしむリバイバル運転を組んだり、定期列車にはヘッドマークを着けたりしていたが、西日本の167系だけはひっそりといなくなってしまった印象がある。
赤穂線開業40周年記念列車
赤穂線40周年記念列車
2002.9.1 JR赤穂線 伊部
 2002年9月、JR赤穂線の全線開業40周年を記念して播州赤穂〜岡山間にキハ20が1両、キハ58・28で2両の計3両で組まれたリバイバル列車が運転された。キハ20は既にこの時点でJRからは消滅していたため、倉敷の水島臨海鉄道に移っていたキハ20を借りてきて運転。そこまでするかと思ったが、この日は団体列車だったが大盛況で、さらに数回追加運転されていた(そちらは一般客が乗れた)。当日は雨だったが撮り鉄も大勢であった。このあたりの年は各地でリバイバル列車を運転していた頃である。明らかにファン狙いとしか思えない列車をやたら出してくれるようになってきたのはこれくらいの時期だったかな…。

 ちなみに、赤穂線は地元だが、ディーゼルカーのイメージはまるでない。全線電化は昭和44年である。なのでこれでリバイバルというのにはちょっと?だった。